月食の日

2009年11月11日 読書
ISBN:978-4-16-327810-0 単行本
木村 紅美 文藝春秋 発売:2009/9 1,450円

全盲で一人暮らしの主人公を中心に
人間関係が描かれた『月食の日』。

以前付き合っていた彼女、
アパートの隣に住む女性、
今も仲の良い女友だち、
十数年ぶりに再会した昔の知り合い、
その知り合いの奥さんや秘密になりつつある関係の相手。

最初は主人公から始まりながらも
周囲の人にある時は約束の中で、
ある時は偶然に会っていく中で
くるくるといろんな人々に切り替わっていく視点が何だか新鮮で
その視点の変化によって各々の思うところが少しずつ見えてきて。
言葉を交わすお互いが相手に対して興味は持つのだけれど
深く詮索することはなく、それぞれの中で受容される様子が
ちょうど程よい距離感に感じつつ。

知り合いの家を訪ねる際にお土産を用意したり、
自身の住んでいるアパートのドアを間違えない工夫をしていたり
細かい所に気が利く一方で
豚肉の焼け具合ってどうやって判断してるんだろうか
と不思議に思う主人公の行動を追っていると
全盲の人の世界はたぶん自分には分からないけれど
思っているよりも広いような気がします。

2000年の夏の出来事の話にも関わらず
それほど前のように感じないのは
自分が数年前にこの作品の主な舞台となる本八幡周辺に
よく行っていた事があって
その時に作品の中に出てくる長崎屋やコルトンプラザもあって(今もあるはず)
その印象が残っているのと
時代的な特徴を感じる描写があまりないからなのかなと勝手に思っていたり。
都営新宿線や本八幡の近くの方は読んでみると
あぁと思う部分があるかもしれません。

もう一編の『たそがれ刻はにぎやかに』は
アパートメントや昭和初期の歌謡曲といった
レトロな雰囲気が漂う中で
最近の話なのかそうでないのか読んでいている内に迷いつつ。
いろんな意味のたそがれが出てきているようで
些細な愉しさや物寂しさが入り混じっていて。

『月食の日』は地味さの中に新鮮さを感じ、
『たそがれ刻はにぎやかに』には地味さの中に暖かさを感じ、
あと、それぞれの中に少し不思議な世界を感じた1冊だった気がします。

コメント