石居麻耶 見果てぬ夢
2008年11月15日 その他
石居麻耶 見果てぬ夢
One day, one life, one more dream
11月8日(土)~16日(日)
個展を見に渋谷に行ってきました。
万城目さんの作品の表紙や装画のイラスト
を担当されていることもあり、
今回は万城目さんを迎えての
ギャラリートークをされていて
担当することになったきっかけとか
描く時のポイント的な話をされてました。
そんな今回は光に焦点を当てて作品を製作されたとのこと。
それは波間に煌めく陽射しであったり、
雲の切れ間から街を薄く照らし出す太陽の光であったり、
イルミネーションや街を照らす信号や明かりであったり、
雪明かりや月明かりであったり。
その光の対象となる影の部分が非常に上手く描かれているように感じました。
イルミネーションを中心に置いた作品では
その下を行き交う人々の光景は完全にイルミネーションに対する影になっているのに
人の形や服装まで色の差が肉眼で見ているのと同じように
闇の中の微妙な色の表現が素晴らしかったと思います。
そして近くで見ると抽象的であったものが
距離をとっていくに従って1つの風景に立体的に浮かび上がってくるポイントがあって
さらに距離をとると何となく色褪せた感じに見えたり。
風景の一瞬を切り取ってあってその瞬間に出くわすことができるポイントがあるようで
その前後は瞬間に対する過去や未来でしかないといいますか。
ある意味時間的な感覚のある印象を受けました。
今回も心に残る作品をたくさん見られて良かったです。
One day, one life, one more dream
11月8日(土)~16日(日)
個展を見に渋谷に行ってきました。
万城目さんの作品の表紙や装画のイラスト
を担当されていることもあり、
今回は万城目さんを迎えての
ギャラリートークをされていて
担当することになったきっかけとか
描く時のポイント的な話をされてました。
そんな今回は光に焦点を当てて作品を製作されたとのこと。
それは波間に煌めく陽射しであったり、
雲の切れ間から街を薄く照らし出す太陽の光であったり、
イルミネーションや街を照らす信号や明かりであったり、
雪明かりや月明かりであったり。
その光の対象となる影の部分が非常に上手く描かれているように感じました。
イルミネーションを中心に置いた作品では
その下を行き交う人々の光景は完全にイルミネーションに対する影になっているのに
人の形や服装まで色の差が肉眼で見ているのと同じように
闇の中の微妙な色の表現が素晴らしかったと思います。
そして近くで見ると抽象的であったものが
距離をとっていくに従って1つの風景に立体的に浮かび上がってくるポイントがあって
さらに距離をとると何となく色褪せた感じに見えたり。
風景の一瞬を切り取ってあってその瞬間に出くわすことができるポイントがあるようで
その前後は瞬間に対する過去や未来でしかないといいますか。
ある意味時間的な感覚のある印象を受けました。
今回も心に残る作品をたくさん見られて良かったです。
※今日のは比較的重いので苦手な方はご注意を。
父親が亡くなって今日でちょうど10年になる。
その年の12月初め頃に会社で事故に遭って入院。
母親から聞く父親の様子がかなり元気そうで
春には回復するだろうとのことだったので
特に見舞いには行かず、冬休み間近の高校に通いつつ日々を過ごした。
入院して数週間、
容態が急変したと深夜に病院から呼び出されて駆けつけたところ、
そこには心臓マッサージを受けているすでに意識のない父親の姿があった。
そのまま意識を取り戻すことなく、変わり果てた姿で父親は帰宅することになった。
そこから通夜、葬儀と流れるように時間が過ぎていった。
特にこちらから知らせたわけではなかったが高校のクラスメイトの多くが
来てくれていたり、励ましの手紙が自宅に届いたりしていたのが驚きだった。
正直自分は父親が好きではなかった。
酒をよく飲んでは何かと怒られ、
仕事がうまくいかない時も八つ当たりされ、
あまり顔を合わせたくなかった。
見舞いに行かなかったのも実はそのあたりに理由があったりする。
でも葬儀で最後に親族皆で最後のお別れをするべく、
父親の顔を見た時、
どこからともなく涙があふれてきて止まらなくなった。
人前だから泣いてはだめだ、そう思いつつも止まらない。
もう父親は説教をすることはないんだな、
一緒に酒を飲みながら言い返す、そんなこともできないんだな、
働いていることに感謝の言葉を全くかけなかったな、
父親の動く姿、この形を見ることは一生できないんだな、
いろんな思いが一気に出てきたんだと思う。
大勢の前で大泣きしてしまった。
それから10年。
辛いことや苦しいこと、思い返すだけでもいろいろ出てくるけれど
人前で泣いてしまうような出来事には遭遇していない。
正直情けないことだが
自分は父親と最後に交わした言葉を覚えていない。
親が嫌いだと言う方も中にはいらっしゃるかと思うけど
自分のようにならないように
たとえ恥ずかしくても何か気持ちを伝えておいてほしいなと思う。
父親が亡くなって今日でちょうど10年になる。
その年の12月初め頃に会社で事故に遭って入院。
母親から聞く父親の様子がかなり元気そうで
春には回復するだろうとのことだったので
特に見舞いには行かず、冬休み間近の高校に通いつつ日々を過ごした。
入院して数週間、
容態が急変したと深夜に病院から呼び出されて駆けつけたところ、
そこには心臓マッサージを受けているすでに意識のない父親の姿があった。
そのまま意識を取り戻すことなく、変わり果てた姿で父親は帰宅することになった。
そこから通夜、葬儀と流れるように時間が過ぎていった。
特にこちらから知らせたわけではなかったが高校のクラスメイトの多くが
来てくれていたり、励ましの手紙が自宅に届いたりしていたのが驚きだった。
正直自分は父親が好きではなかった。
酒をよく飲んでは何かと怒られ、
仕事がうまくいかない時も八つ当たりされ、
あまり顔を合わせたくなかった。
見舞いに行かなかったのも実はそのあたりに理由があったりする。
でも葬儀で最後に親族皆で最後のお別れをするべく、
父親の顔を見た時、
どこからともなく涙があふれてきて止まらなくなった。
人前だから泣いてはだめだ、そう思いつつも止まらない。
もう父親は説教をすることはないんだな、
一緒に酒を飲みながら言い返す、そんなこともできないんだな、
働いていることに感謝の言葉を全くかけなかったな、
父親の動く姿、この形を見ることは一生できないんだな、
いろんな思いが一気に出てきたんだと思う。
大勢の前で大泣きしてしまった。
それから10年。
辛いことや苦しいこと、思い返すだけでもいろいろ出てくるけれど
人前で泣いてしまうような出来事には遭遇していない。
正直情けないことだが
自分は父親と最後に交わした言葉を覚えていない。
親が嫌いだと言う方も中にはいらっしゃるかと思うけど
自分のようにならないように
たとえ恥ずかしくても何か気持ちを伝えておいてほしいなと思う。
美術館(写真・浮世絵)
2007年8月11日 その他
今日から一応夏休みということで
のんびりと美術館めぐりを。
といっても2つだけですが。
?昭和 写真の1945〜1989 【第2部】ヒーロー・ヒロインの時代
(東京都写真美術館)
今回は有名人のポートレートが中心。
改めて感じたのは
ほとんどの人の名前くらいは知っているのだけれど
実際にじっくりと顔を拝見したことがない人がほとんどで
うろ覚えな部分も多かったこと。
あぁこの人はこういう顔だったんだとか
若かりし頃はこういう感じだったんだとか。
今かっこいい人は昔からかっこいいし
きれいな人は昔はさらにきれいなんだな、
と当たり前のような感想を抱きました。
あと、棟方志功と松下幸之助の目が印象的でした。
?AYAKASHI 江戸の怪し−浮世絵の妖怪・幽霊・妖術師たち−
(大田記念美術館)
人物中心の浮世絵だとあまり積極的に鑑賞したいとは
思わないのですが
人物以外が中心の浮世絵だと途端に興味が出てきます。
今回の展示もテーマに魅かれて行ってきました。
妖怪だと天狗とか狐とか、鬼だと酒呑童子といった具合に
あぁ知ってるというものが多くてみてまわりやすかったです。
実際街灯もない闇夜にああいったものに遭遇したら
多分声も出ないと思います。
一番感心してしまったのは
展示の最初の方にあった蜃気楼の由来。
大きなハマグリ(=蜃)が出す気が作り出す幻想が
楼閣を形作ると中国で伝えられていたことから
きた言葉だったのですね。
以上、今回は発見が多かったかも、という鑑賞でした。
のんびりと美術館めぐりを。
といっても2つだけですが。
?昭和 写真の1945〜1989 【第2部】ヒーロー・ヒロインの時代
(東京都写真美術館)
今回は有名人のポートレートが中心。
改めて感じたのは
ほとんどの人の名前くらいは知っているのだけれど
実際にじっくりと顔を拝見したことがない人がほとんどで
うろ覚えな部分も多かったこと。
あぁこの人はこういう顔だったんだとか
若かりし頃はこういう感じだったんだとか。
今かっこいい人は昔からかっこいいし
きれいな人は昔はさらにきれいなんだな、
と当たり前のような感想を抱きました。
あと、棟方志功と松下幸之助の目が印象的でした。
?AYAKASHI 江戸の怪し−浮世絵の妖怪・幽霊・妖術師たち−
(大田記念美術館)
人物中心の浮世絵だとあまり積極的に鑑賞したいとは
思わないのですが
人物以外が中心の浮世絵だと途端に興味が出てきます。
今回の展示もテーマに魅かれて行ってきました。
妖怪だと天狗とか狐とか、鬼だと酒呑童子といった具合に
あぁ知ってるというものが多くてみてまわりやすかったです。
実際街灯もない闇夜にああいったものに遭遇したら
多分声も出ないと思います。
一番感心してしまったのは
展示の最初の方にあった蜃気楼の由来。
大きなハマグリ(=蜃)が出す気が作り出す幻想が
楼閣を形作ると中国で伝えられていたことから
きた言葉だったのですね。
以上、今回は発見が多かったかも、という鑑賞でした。
昭和 写真の1945〜1989 【第1部】オキュパイド・ジャパン
2007年6月17日 その他
たぶん昨年12月以来の東京都写真美術館にて。
4部構成になっていて今回が第1部。
昭和20年代の戦争終盤から占領までが
展示の中心になっていました。
戦争が終わった翌年になっても
至るところに空襲の残骸と思われる瓦礫が残っていたり、
占領下の日本において至るところに英語表記の
看板や標識が立てられたりしている様子や
そんな中を生きている日本人の写真を見て、
自分たちが生きている土地にもかつてこういう光景が
あったんだと改めて認識させられた次第です。
自分はこれから何ができるんだろうということで
悩むことが多いですが、
写真の中の人々はどうやって明日を生きようかと考えていたり、
逆にこんなこともできるんだということを示してくれたり。
具体的な形ではないけれど希望というものが少し見えた気がします。
あと、作品にフォトモンタージュが多いなと思ったのと
カメラ向けに意識的に撮られたものも
そこそこあるのかなと感じました。
今回、4部までの通しでチケットを購入したので
残りもまた見に来ます。
4部構成になっていて今回が第1部。
昭和20年代の戦争終盤から占領までが
展示の中心になっていました。
戦争が終わった翌年になっても
至るところに空襲の残骸と思われる瓦礫が残っていたり、
占領下の日本において至るところに英語表記の
看板や標識が立てられたりしている様子や
そんな中を生きている日本人の写真を見て、
自分たちが生きている土地にもかつてこういう光景が
あったんだと改めて認識させられた次第です。
自分はこれから何ができるんだろうということで
悩むことが多いですが、
写真の中の人々はどうやって明日を生きようかと考えていたり、
逆にこんなこともできるんだということを示してくれたり。
具体的な形ではないけれど希望というものが少し見えた気がします。
あと、作品にフォトモンタージュが多いなと思ったのと
カメラ向けに意識的に撮られたものも
そこそこあるのかなと感じました。
今回、4部までの通しでチケットを購入したので
残りもまた見に来ます。
時々思うこと。
自分って向いてないことを無理やり
やりたいことと思ってやっていないかということ。
なんとなくそういう事の習得に
時間を費やしているような気がしなくもないです。
今も会社から帰ってからや休みの日に勉強していることがあるけれど
それは本当にこれから先に使えることなのか?
違うことならもっと簡単に身につくんじゃない?
プライベートを削ってまでやる意味があるの?
などと疑問に感じることがあり。
この年になっても自分に適したことが見つからない
というのは少々恥ずかしいのだけれど
(そもそも適したことがあるのかすら分からないけれど)
何かを続けないと生きていけないし。
他にも要因は多数あるのですが
今の自分に大きく迷いが生じている状態です。
さてどこに注力して乗り越えるべきか・・・。
自分って向いてないことを無理やり
やりたいことと思ってやっていないかということ。
なんとなくそういう事の習得に
時間を費やしているような気がしなくもないです。
今も会社から帰ってからや休みの日に勉強していることがあるけれど
それは本当にこれから先に使えることなのか?
違うことならもっと簡単に身につくんじゃない?
プライベートを削ってまでやる意味があるの?
などと疑問に感じることがあり。
この年になっても自分に適したことが見つからない
というのは少々恥ずかしいのだけれど
(そもそも適したことがあるのかすら分からないけれど)
何かを続けないと生きていけないし。
他にも要因は多数あるのですが
今の自分に大きく迷いが生じている状態です。
さてどこに注力して乗り越えるべきか・・・。
会社で仕事が一段落して
ちょっとボケーっとした瞬間に
昔の嫌なことを思い出した。
昔と言っても幼稚園の頃の事だけれど。
内容を書いて残したくないが、
結論としては
自分の言いたいことを言うことは
周囲の人に迷惑をかける可能性が高いから
そういうことを言わないためにも
しゃべるのは必要最低限にしよう、
自分の思ったことを口にするのはなるべく控えよう、
と初めて思った出来事だったと思う。
それ以外にもいい事であれ悪いことであれ
過去の出来事がポっと思い出される機会が
最近やたらと増えている。
こういうのって大体何となく人生で停滞してそうな時
に多く訪れているような気がする。
無意識に美化された(嫌なものあるけれど)過去を
思い出そうとしているのか何かはよく分からないけれど
その出来事を基にして今の自分が築かれているとも言えなくもない。
ヒントになるかどうかは分からないけれど
もう少しゆっくり思い出したことについて考えてみようかと思う。
ちょっとボケーっとした瞬間に
昔の嫌なことを思い出した。
昔と言っても幼稚園の頃の事だけれど。
内容を書いて残したくないが、
結論としては
自分の言いたいことを言うことは
周囲の人に迷惑をかける可能性が高いから
そういうことを言わないためにも
しゃべるのは必要最低限にしよう、
自分の思ったことを口にするのはなるべく控えよう、
と初めて思った出来事だったと思う。
それ以外にもいい事であれ悪いことであれ
過去の出来事がポっと思い出される機会が
最近やたらと増えている。
こういうのって大体何となく人生で停滞してそうな時
に多く訪れているような気がする。
無意識に美化された(嫌なものあるけれど)過去を
思い出そうとしているのか何かはよく分からないけれど
その出来事を基にして今の自分が築かれているとも言えなくもない。
ヒントになるかどうかは分からないけれど
もう少しゆっくり思い出したことについて考えてみようかと思う。
以前にも記した可能性が大なのだけれど
10月と2月は原因はよく分からないけれど憂鬱になりやすい月。
今月も出だしからほとんどマイナス思考です。
仕事は上手くいってるのか微妙だし、
プライベートはほとんどが1人でいるし、
自分がどっちを向いて進んでいるのかよく分からない状況です。
楽しみはスイーツを食べることと本を読むことくらい。
このままではダメだという気持ちでいっぱいです。
それでも改善策を見出せず、
逃げてしまうという最後の策を取ってしまいたくなりやすいです。
(普段もそうかもしれませんが)物事を放り投げだし気味です。
しばらくは状況が好転することはなく、
むしろ暗転の方向に進んでいきそうです。
特にこのまま進んでいく4月には。
先に滝があって落ちるのが分かっているのに
ボートを下りる機会を得られず漕ぎ進んでいくようなこの感じ、
歯がゆいような諦めが入っているような・・・。
まぁなるようになってもらいたいと思います。
10月と2月は原因はよく分からないけれど憂鬱になりやすい月。
今月も出だしからほとんどマイナス思考です。
仕事は上手くいってるのか微妙だし、
プライベートはほとんどが1人でいるし、
自分がどっちを向いて進んでいるのかよく分からない状況です。
楽しみはスイーツを食べることと本を読むことくらい。
このままではダメだという気持ちでいっぱいです。
それでも改善策を見出せず、
逃げてしまうという最後の策を取ってしまいたくなりやすいです。
(普段もそうかもしれませんが)物事を放り投げだし気味です。
しばらくは状況が好転することはなく、
むしろ暗転の方向に進んでいきそうです。
特にこのまま進んでいく4月には。
先に滝があって落ちるのが分かっているのに
ボートを下りる機会を得られず漕ぎ進んでいくようなこの感じ、
歯がゆいような諦めが入っているような・・・。
まぁなるようになってもらいたいと思います。
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実家では昔から(瓶の)牛乳を配達してもらっており、
今でも頻度こそ減ったものの、
配達はお願いし続けています。
近年では牛乳に加えてカフェオレ(これも瓶)も
配達してもらっているようです。
以前からこのカフェオレは何度か口にしていましたが
他の市販のものより一段おいしいなと思っていたくらいで
大山乳業の「白バラカフェオレ」とは気付いてませんでした。
昔は別の牛乳だったのにいつの間にか変えていたようで・・・。
1本115円(180ml)らしいです。
大山とは多分無関係と思われる自分の田舎に
なぜ配達してくれる業者がいるのかが謎なのですが
配達に対する需要が一定量あるんだなということは
なんとなく分かります。
こっち(東京)にも配達所ないかなぁ・・・。
今でも頻度こそ減ったものの、
配達はお願いし続けています。
近年では牛乳に加えてカフェオレ(これも瓶)も
配達してもらっているようです。
以前からこのカフェオレは何度か口にしていましたが
他の市販のものより一段おいしいなと思っていたくらいで
大山乳業の「白バラカフェオレ」とは気付いてませんでした。
昔は別の牛乳だったのにいつの間にか変えていたようで・・・。
1本115円(180ml)らしいです。
大山とは多分無関係と思われる自分の田舎に
なぜ配達してくれる業者がいるのかが謎なのですが
配達に対する需要が一定量あるんだなということは
なんとなく分かります。
こっち(東京)にも配達所ないかなぁ・・・。
諸事情により、
そろそろ次に住む所を探す必要が出てきました。
今住んでいるこの町も
慣れてしまえばそれなりに心地よさがあり、
出て行くのは惜しいなという気持ちになったり。
コンビニが多くて便利だとか
若干不純な動機が混じっていたりもしますが。
引っ越すなら同じ町はどうかなと思うので
違う町に住むことにすると思います、たぶん。
ちょっと住んでみたいなと思う候補の町は
いくつかあるのですが
条件に合う物件が見つかるかどうか。
なければどんどん都心から離れていくしかないんですけど。
あっ、それはそれで静かな所に住めそうだからいいのか。
まぁまだ少しですが時間はあるので
ゆっくり探してみたいと思います。
あとはその前に
いきなり異動とか言われないか少し心配ですが…。
そろそろ次に住む所を探す必要が出てきました。
今住んでいるこの町も
慣れてしまえばそれなりに心地よさがあり、
出て行くのは惜しいなという気持ちになったり。
コンビニが多くて便利だとか
若干不純な動機が混じっていたりもしますが。
引っ越すなら同じ町はどうかなと思うので
違う町に住むことにすると思います、たぶん。
ちょっと住んでみたいなと思う候補の町は
いくつかあるのですが
条件に合う物件が見つかるかどうか。
なければどんどん都心から離れていくしかないんですけど。
あっ、それはそれで静かな所に住めそうだからいいのか。
まぁまだ少しですが時間はあるので
ゆっくり探してみたいと思います。
あとはその前に
いきなり異動とか言われないか少し心配ですが…。
コラージュとフォトモンタージュ展
2006年12月3日 その他
恵比寿の東京都写真美術館にて。
年に数回おじゃましてます。
美術展示を見に来ることもあれば
ホールで行われる映画を
見に来ることもあり。
直近では10月末にショートフィルムの
特別上映を見に来てます。
今回見に来たのは「コラージュとフォトモンタージュ展」。
コラージュ=切り絵、貼り絵、
フォトモンタージュ=合成写真
というイメージで見に行きましたが
どうも厳密な区別は存在しないようです。
ちなみに展示においては、
フォトモンタージュ=写真のみで構成
コラージュ=写真以外の要素も含む(絵の具で彩色ありとか)
という風に仮に定義付けしてありました。
前回来たときに置いてあったパンフの裏に掲載されていた
「泥酔夢・疲労感」という作品に惹かれて行ったのですが
やはり良かったです。
都市の夜空にゆらめく時計という構図で「酔いと醜い夢」を表現してあって
しかも昭和初期の作品であるということにもびっくりでした。
他にもメッセージ性の強い作品(プロパガンダ含む)もたくさんあり、
有名なところでは草間彌生さんとかの作品もありました。
最近では合成なんかはCGで簡単に作成され、
大量に出回るようになりましたが、
こういう手作り感あふれるものもよいなと感じました。
年に数回おじゃましてます。
美術展示を見に来ることもあれば
ホールで行われる映画を
見に来ることもあり。
直近では10月末にショートフィルムの
特別上映を見に来てます。
今回見に来たのは「コラージュとフォトモンタージュ展」。
コラージュ=切り絵、貼り絵、
フォトモンタージュ=合成写真
というイメージで見に行きましたが
どうも厳密な区別は存在しないようです。
ちなみに展示においては、
フォトモンタージュ=写真のみで構成
コラージュ=写真以外の要素も含む(絵の具で彩色ありとか)
という風に仮に定義付けしてありました。
前回来たときに置いてあったパンフの裏に掲載されていた
「泥酔夢・疲労感」という作品に惹かれて行ったのですが
やはり良かったです。
都市の夜空にゆらめく時計という構図で「酔いと醜い夢」を表現してあって
しかも昭和初期の作品であるということにもびっくりでした。
他にもメッセージ性の強い作品(プロパガンダ含む)もたくさんあり、
有名なところでは草間彌生さんとかの作品もありました。
最近では合成なんかはCGで簡単に作成され、
大量に出回るようになりましたが、
こういう手作り感あふれるものもよいなと感じました。
家に帰ったら郵便の不在通知が届いていて
今日気分が向いているうちに取りに行かないと
たぶんギリギリまで取りに行かないだろうな
と思い、寒いのを覚悟しつつ
自転車に乗って郵便局に行ってみたらこれがなかなかの行列。
夜10時過ぎなのに。
この時間の方が需要があるんでしょうか?
とりあえず郵便の受け取りの人を優先してくれている状況らしく、
自分の前に並んでいた5、6人の人たちはみなそれ以外の目的
だったようなので先に受け付けてもらえることに。
そして受け取ったのが株を持っている会社からの来年のカレンダー。
あれ?こんなんが配達記録になるの?
と思って不在通知をよく見たら
単なる「定形外」の郵便になっていて。
単にポストに入らなかったものをわざわざ寒いのに取りに来てしまったのか。
玄関横の配達用のロッカーに入れておいてくれればよかったのに。
これなら明日にすればよかった…。
と思いつつ、ちょっと大き目のカレンダー入りのケースを抱えて
帰ってきました。
風邪を引いてないか若干心配です。
今日気分が向いているうちに取りに行かないと
たぶんギリギリまで取りに行かないだろうな
と思い、寒いのを覚悟しつつ
自転車に乗って郵便局に行ってみたらこれがなかなかの行列。
夜10時過ぎなのに。
この時間の方が需要があるんでしょうか?
とりあえず郵便の受け取りの人を優先してくれている状況らしく、
自分の前に並んでいた5、6人の人たちはみなそれ以外の目的
だったようなので先に受け付けてもらえることに。
そして受け取ったのが株を持っている会社からの来年のカレンダー。
あれ?こんなんが配達記録になるの?
と思って不在通知をよく見たら
単なる「定形外」の郵便になっていて。
単にポストに入らなかったものをわざわざ寒いのに取りに来てしまったのか。
玄関横の配達用のロッカーに入れておいてくれればよかったのに。
これなら明日にすればよかった…。
と思いつつ、ちょっと大き目のカレンダー入りのケースを抱えて
帰ってきました。
風邪を引いてないか若干心配です。
気分的には夏も終わりです。
本当に終わったと思うのは
あと10日くらい先の夏休みが終わる時なのだけれど。
たぶん今年も一応帰る予定の実家から東京への戻りの途中で
京都に寄って五山の送り火を眺めつつ
夏が過ぎ去っていくのを感じ取ると思います。
つい先週まで天気がそれほどよろしくなかったり
気候として快適だったりで
あんまり夏らしさを楽しまないままです。
思ったより忙しくて出かける予定もほとんど立たないですし。
幸い海を見に行く機会には恵まれました。
夕暮れの人がめっきりいなくなった砂浜近くの岩の上に座って
ボケーっと海を眺めていると時間が経つのが早くて。
もう一度同じ場所であの感覚を味わいたいのだけれど
たぶん同じ瞬間に出くわすのは無理そうな気がします…。
ともかく今年の夏休みもいろいろ寄り道しつつ
夏らしい風景をたくさん見れたらなと思います。
本当に終わったと思うのは
あと10日くらい先の夏休みが終わる時なのだけれど。
たぶん今年も一応帰る予定の実家から東京への戻りの途中で
京都に寄って五山の送り火を眺めつつ
夏が過ぎ去っていくのを感じ取ると思います。
つい先週まで天気がそれほどよろしくなかったり
気候として快適だったりで
あんまり夏らしさを楽しまないままです。
思ったより忙しくて出かける予定もほとんど立たないですし。
幸い海を見に行く機会には恵まれました。
夕暮れの人がめっきりいなくなった砂浜近くの岩の上に座って
ボケーっと海を眺めていると時間が経つのが早くて。
もう一度同じ場所であの感覚を味わいたいのだけれど
たぶん同じ瞬間に出くわすのは無理そうな気がします…。
ともかく今年の夏休みもいろいろ寄り道しつつ
夏らしい風景をたくさん見れたらなと思います。
今日は朝から試験を受けてきた。
けれど、内容はさんざん。
今まで受けた資格試験であそこまで
ひどい出来だったのは初めてではないだろうか。
やはり準備期間が標準の半分、
勉強時間が標準の4分の1では当たり前か。
見通しが甘すぎた。
分かったつもりで受けに行っていた。
せめて入れたものがちゃんと出てこなければ意味がないではないか。
情けないを飛び越して呆れてしまうレベルで
あんな答案なら採点して頂くのも申し訳ない。
自分で働いて得たお金(受験料)を無駄にしてしまったし、
問題用紙や解答用紙にも失礼なことをした。
彼ら(彼女ら)にとってはあんな使われ方なら非常に不本意だろう。
「休日はやる気が出ない」とか言ってないで
勉強が足りないのを自覚して机に向かわないと。
ただでさえ勉強しなければいけないことが
他にもたくさんあるのだから先延ばしにすると苦労するだけ
なのは分かっているでしょ。
あまりにも危機感が少ないようだけれどもこれから先大丈夫なのかね?
今のままじゃ全く使い物になりませんよ。
もっとしっかりしておくれ。
けれど、内容はさんざん。
今まで受けた資格試験であそこまで
ひどい出来だったのは初めてではないだろうか。
やはり準備期間が標準の半分、
勉強時間が標準の4分の1では当たり前か。
見通しが甘すぎた。
分かったつもりで受けに行っていた。
せめて入れたものがちゃんと出てこなければ意味がないではないか。
情けないを飛び越して呆れてしまうレベルで
あんな答案なら採点して頂くのも申し訳ない。
自分で働いて得たお金(受験料)を無駄にしてしまったし、
問題用紙や解答用紙にも失礼なことをした。
彼ら(彼女ら)にとってはあんな使われ方なら非常に不本意だろう。
「休日はやる気が出ない」とか言ってないで
勉強が足りないのを自覚して机に向かわないと。
ただでさえ勉強しなければいけないことが
他にもたくさんあるのだから先延ばしにすると苦労するだけ
なのは分かっているでしょ。
あまりにも危機感が少ないようだけれどもこれから先大丈夫なのかね?
今のままじゃ全く使い物になりませんよ。
もっとしっかりしておくれ。
今に始まったことでもないけれど、
最近ちょっと感じるビタミンC不足。
本当は野菜で補いたいところだけれど
今週は自炊したりする意欲に欠けている
ので他のもので代用したいな。
と思ったときにコンビニで見つけたのが
なつかしの「ハイレモン」。
パッケージの大きさも見た目も昔とほとんど変わっていない様子。
強いて言えば「栄養機能食品」になっている。
1粒あたり50mgくらいビタミンCが含まれているよう。
たしかに栄養的に強化されている。
あとはパッケージに“にこにこハイレモンが入っているかも”
とのメッセージ。
何のことやらと思いつつ食していくと、いましたにこにこハイレモン。
たしかににこにこしてます。
どうやらみつかるとラッキーな代物のようです。
自分が子供の頃からある商品も
少しずつではあるけど変化を遂げている。
やはり最近の新しいお菓子との競争にさらされて
生き残りに大変なんでしょうね。
これからもちょくちょく買い続けるので
ヨーグレットともども長生きしてくださいまし。
最近ちょっと感じるビタミンC不足。
本当は野菜で補いたいところだけれど
今週は自炊したりする意欲に欠けている
ので他のもので代用したいな。
と思ったときにコンビニで見つけたのが
なつかしの「ハイレモン」。
パッケージの大きさも見た目も昔とほとんど変わっていない様子。
強いて言えば「栄養機能食品」になっている。
1粒あたり50mgくらいビタミンCが含まれているよう。
たしかに栄養的に強化されている。
あとはパッケージに“にこにこハイレモンが入っているかも”
とのメッセージ。
何のことやらと思いつつ食していくと、いましたにこにこハイレモン。
たしかににこにこしてます。
どうやらみつかるとラッキーな代物のようです。
自分が子供の頃からある商品も
少しずつではあるけど変化を遂げている。
やはり最近の新しいお菓子との競争にさらされて
生き残りに大変なんでしょうね。
これからもちょくちょく買い続けるので
ヨーグレットともども長生きしてくださいまし。
今NHKアーカイブスで
1988年の「できるかな」を放送しているのを見ながら
これを記しているのですが…
こんなのでしたっけ、この番組?
えーと、たしかのっぽさんは喋らないで(言葉を発さないで)
ゴン太くんは…喋ってましたっけ?
でもどちらも喋らずにナレーション付だった
という記憶はないので喋ってたんでしょうなぁ、きっと。
とまぁ誰が喋ってたか喋ってなかったで錯綜した点以外は
こんな感じだったなぁという気はします。
(のっぽさんが器用に遊び道具を作っていくという展開)
あらすごい、紙と箱から武者人形(鎧と兜)とか作ってる。
リアルタイムで見てたのが幼稚園の頃のはずだから
1985年頃…って20年ほど前ですね。
時が経つのは早いものだ。
ひょっとしたらその1985年から1988年の間に
何かリニューアルしている項目があるのかもしれないけれど
見てた当時の記憶があまりにもおぼろげなために
(鮮明に覚えているのもどうかと思うけど)
違うのか同じなのかは分からず。
あっ、終わってしまった。そういえば15分番組だったか。
ふむふむ、その後1990年まで放映続いたのですか。
こういう番組を幼少の頃に毎週見ていたということは
自分の形成に何らかの影響を受けているんだろうなぁと思います。
そこで受けた事を生かせているか生かせていないのかは
残念ながら今の自分では分からないのですが
たぶん生かされているはずだと信じつつ
明日から生きていくこととします。
1988年の「できるかな」を放送しているのを見ながら
これを記しているのですが…
こんなのでしたっけ、この番組?
えーと、たしかのっぽさんは喋らないで(言葉を発さないで)
ゴン太くんは…喋ってましたっけ?
でもどちらも喋らずにナレーション付だった
という記憶はないので喋ってたんでしょうなぁ、きっと。
とまぁ誰が喋ってたか喋ってなかったで錯綜した点以外は
こんな感じだったなぁという気はします。
(のっぽさんが器用に遊び道具を作っていくという展開)
あらすごい、紙と箱から武者人形(鎧と兜)とか作ってる。
リアルタイムで見てたのが幼稚園の頃のはずだから
1985年頃…って20年ほど前ですね。
時が経つのは早いものだ。
ひょっとしたらその1985年から1988年の間に
何かリニューアルしている項目があるのかもしれないけれど
見てた当時の記憶があまりにもおぼろげなために
(鮮明に覚えているのもどうかと思うけど)
違うのか同じなのかは分からず。
あっ、終わってしまった。そういえば15分番組だったか。
ふむふむ、その後1990年まで放映続いたのですか。
こういう番組を幼少の頃に毎週見ていたということは
自分の形成に何らかの影響を受けているんだろうなぁと思います。
そこで受けた事を生かせているか生かせていないのかは
残念ながら今の自分では分からないのですが
たぶん生かされているはずだと信じつつ
明日から生きていくこととします。
いつだったか、
関西→東京に戻る時に会社用のお土産として
八ツ橋を用意した時から
東京への戻り際に八ツ橋を買って戻る頻度が
高くなった気がします。
昔はあの独特のニッキのような味が苦手で
ほとんど食べなかったのに。
これも八ツ橋にバリエーションが増えたからでしょうか。
以前は普通の味(外来語で言うとプレーン?)と抹茶味くらいしか
なかったような記憶しかないのに
今やチョコとかラムネとか黒ごまとかいったものが増え、
それぞれのニッキの風味も抑えられて
手軽に食することができるようになった印象を受けます。
さらには季節物もあって「限定」に比較的弱い自分としては
ついつい買ってしまう気がします。
昨日も京都駅でさくらあんの八ツ橋を見つけて
即買ってきてしまったし。
ただどんな商品にも言えますが
新しい味がどんどん出てきて人気がないものが淘汰されていくんだろうなと。
自分の好き好んで選ぶ商品は姿を消す。という法則があるので
今回はそれに当てはまってほしくないものです。
特に先述のラムネ味(なんとなく消えそう)。
関西→東京に戻る時に会社用のお土産として
八ツ橋を用意した時から
東京への戻り際に八ツ橋を買って戻る頻度が
高くなった気がします。
昔はあの独特のニッキのような味が苦手で
ほとんど食べなかったのに。
これも八ツ橋にバリエーションが増えたからでしょうか。
以前は普通の味(外来語で言うとプレーン?)と抹茶味くらいしか
なかったような記憶しかないのに
今やチョコとかラムネとか黒ごまとかいったものが増え、
それぞれのニッキの風味も抑えられて
手軽に食することができるようになった印象を受けます。
さらには季節物もあって「限定」に比較的弱い自分としては
ついつい買ってしまう気がします。
昨日も京都駅でさくらあんの八ツ橋を見つけて
即買ってきてしまったし。
ただどんな商品にも言えますが
新しい味がどんどん出てきて人気がないものが淘汰されていくんだろうなと。
自分の好き好んで選ぶ商品は姿を消す。という法則があるので
今回はそれに当てはまってほしくないものです。
特に先述のラムネ味(なんとなく消えそう)。
ここの日記以外にも以前から時々こっそり見て回っている
他のサイトのブログがいくつかあって
その中で同年代なのに考え方がしっかりしていて
この人は相当できる人なんだろうなぁという方がいて、
その方のブログを久しぶりに見にいったのですが
かなりお疲れになっているようで。
その方は自身の仕事に対してある程度の発展系のイメージを
持っていらっしゃっるのですが
現状としてはそれを形にできる環境にいるわけではなく
悪戦苦闘している、というような感じで。
その現状を1つの経験として将来に生かせるのなら良さそうなのですが
今の環境にいる間につぶれてしまいそうな感があってちょっと心配です。
仕事の環境によってはそのイメージがいい形で実りそうだなと思うのですが。
そんな様子を見ていると(実際に見たわけではないですが)
大きな理想もなく仕事の苦労もその方とは比べるには及ばない自分の仕事
には追い込みが足りないと感じます。
もっと本を読んで、もっといろいろな思考・表現方法を身につけて。
まずはそこからでしょうか。
他のサイトのブログがいくつかあって
その中で同年代なのに考え方がしっかりしていて
この人は相当できる人なんだろうなぁという方がいて、
その方のブログを久しぶりに見にいったのですが
かなりお疲れになっているようで。
その方は自身の仕事に対してある程度の発展系のイメージを
持っていらっしゃっるのですが
現状としてはそれを形にできる環境にいるわけではなく
悪戦苦闘している、というような感じで。
その現状を1つの経験として将来に生かせるのなら良さそうなのですが
今の環境にいる間につぶれてしまいそうな感があってちょっと心配です。
仕事の環境によってはそのイメージがいい形で実りそうだなと思うのですが。
そんな様子を見ていると(実際に見たわけではないですが)
大きな理想もなく仕事の苦労もその方とは比べるには及ばない自分の仕事
には追い込みが足りないと感じます。
もっと本を読んで、もっといろいろな思考・表現方法を身につけて。
まずはそこからでしょうか。
今年は珍しく3月になっても気分が優れません。
例年だと2月と10月に不安定な気分が訪れる原因となる
出来事が起こりやすく、散々かきまわされます。
それぞれ月の終わりにはその状態も去って通常に戻るのですが。
この3月は
仕事の上で自分の役割がはっきり分からず、
これから先の見通しもたっていない状況で、
今までの場合なら仕事以外でもいいので自分にプラスになるような
何かを探してそれに集中することである程度は
気分的に落ち着けることができたのですが、
今回はその何かが比較的高めの壁になっていて
さらに後ろから押されているような状態なので
逆に不安定さが高まっている感があります。
気分が不安定だと些細なことにイライラしたり、
逆に物事に関心がなくなったりします。
もっとも人に不快感を与えるのが嫌なので
無気力感はともかくイライラ感は絶対外には出しませんが。
今も小さなイライラが2つ3つあって
それをどうしたら解消できるのか…
って簡単に出てきたらすぐに解消しているんですが
解消できないのがさらにイライラの種になっていたり。
とりあえずは明日1日乗り切って
週末で落ち着けばよいのですが…。
例年だと2月と10月に不安定な気分が訪れる原因となる
出来事が起こりやすく、散々かきまわされます。
それぞれ月の終わりにはその状態も去って通常に戻るのですが。
この3月は
仕事の上で自分の役割がはっきり分からず、
これから先の見通しもたっていない状況で、
今までの場合なら仕事以外でもいいので自分にプラスになるような
何かを探してそれに集中することである程度は
気分的に落ち着けることができたのですが、
今回はその何かが比較的高めの壁になっていて
さらに後ろから押されているような状態なので
逆に不安定さが高まっている感があります。
気分が不安定だと些細なことにイライラしたり、
逆に物事に関心がなくなったりします。
もっとも人に不快感を与えるのが嫌なので
無気力感はともかくイライラ感は絶対外には出しませんが。
今も小さなイライラが2つ3つあって
それをどうしたら解消できるのか…
って簡単に出てきたらすぐに解消しているんですが
解消できないのがさらにイライラの種になっていたり。
とりあえずは明日1日乗り切って
週末で落ち着けばよいのですが…。
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いつも何らかの流れに乗って生きている。
自分で決めた道といってもそれはその時の主観が
偶然そちらに傾いていただけのこと。
そちらの方がよく見えたり、そちら側の誰かから誘われただけ。
その後で失敗することもあり、成功することもあり。
失敗したときには後悔し、
成功したときは自分に先見性があったと誤解する。
もうちょっと反対側を見るということができないものか。
保守的になれとは言わないが
2つ選択肢がある場合、両方の選択肢を見比べてみる
必要はあると思いますよ。
直感でいいと思った片方しか見てないから
後で後悔する事柄も増えているのでないのかい?
と仕事について遠回しに考えていたら
ちょっと昔に出会った人のことを思い出した。
学生だった頃に英会話学校で会った社会人の女の人。
世間から見ると地味目の人で人見知りするようだったけど
何度かお話したことがあり途中まで一緒も帰ったこともあった。
ただ仲良くなる前にぱったりと会わなくなってしまった。
遠くにそれらしい人を見かけて向こうが声をかけようとしてる
のを通り過ぎてしまったことはあったような気がする。
もっといろいろ聞きたかったのにな、あの人の話。
そして英会話も修了したので会うきっかけもなくなり
偶然会うこともなく今に至るわけで。
たぶん今も大阪で働いておられるんでしょうな。
とここまで考えて2つの話が「後悔」という
キーワードでしかつながってないことに気付いたので
この辺で。
自分で決めた道といってもそれはその時の主観が
偶然そちらに傾いていただけのこと。
そちらの方がよく見えたり、そちら側の誰かから誘われただけ。
その後で失敗することもあり、成功することもあり。
失敗したときには後悔し、
成功したときは自分に先見性があったと誤解する。
もうちょっと反対側を見るということができないものか。
保守的になれとは言わないが
2つ選択肢がある場合、両方の選択肢を見比べてみる
必要はあると思いますよ。
直感でいいと思った片方しか見てないから
後で後悔する事柄も増えているのでないのかい?
と仕事について遠回しに考えていたら
ちょっと昔に出会った人のことを思い出した。
学生だった頃に英会話学校で会った社会人の女の人。
世間から見ると地味目の人で人見知りするようだったけど
何度かお話したことがあり途中まで一緒も帰ったこともあった。
ただ仲良くなる前にぱったりと会わなくなってしまった。
遠くにそれらしい人を見かけて向こうが声をかけようとしてる
のを通り過ぎてしまったことはあったような気がする。
もっといろいろ聞きたかったのにな、あの人の話。
そして英会話も修了したので会うきっかけもなくなり
偶然会うこともなく今に至るわけで。
たぶん今も大阪で働いておられるんでしょうな。
とここまで考えて2つの話が「後悔」という
キーワードでしかつながってないことに気付いたので
この辺で。
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